ネタバレあり感想『マンダロリアン&グローグー』

日常

こんにちは。mikanです。

先日、『マンダロリアン&グローグー』を観てきました。

まず、私のスター・ウォーズ歴について少しだけ書いておきます。

小学生のときに映画館で『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』を観て、スター・ウォーズの世界観に衝撃を受けました。そこからDVDで過去作を追いかけるようになり、現在はエピソード1〜9、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を視聴済みです。

一方で、『マンダロリアン』のドラマシリーズは最初の1話だけみたような観ていないような(記憶がin a galaxy far, far away…)
そのため今回は、シリーズを深く履修しているファンというより、映画シリーズを中心にスター・ウォーズを楽しんできた立場からの感想になります。

マンダロリアンは面白い。グローグーはかわいい。
まず、それだけでかなり満足度が高い作品でした。

ドラマシリーズをほぼ未履修でも、ひとつの映画として十分楽しめました。むしろ観終わったあとに、「これはドラマも観たほうがいいな」と思わされました。

特に良かったのは、賞金稼ぎであるマンドーに、グローグーという“守るもの”ができているところです。

本来、賞金稼ぎは誰かに深く関わらず、任務をこなして生きていく存在だと思います。けれどマンドーは、グローグーを守ることで、ただ強いだけの人物ではなくなっている。そこに、すごく愛おしさを感じました。

グローグーも、ただ守られているだけではありませんでした。

小さくてかわいい存在でありながら、しっかり成長していて、マンドーとの関係も一方的な保護ではなく、お互いに影響を与え合う関係になっているように感じました。ちび達が頑張っている場面もかわいくて、自然と応援したくなりました。

ロッタ・ザ・ハットも印象的でしたね~。

ジャバ・ザ・ハットの息子という立場は、本人の意思とは関係なく、かなり重いものを背負わされているように見えます。いわゆる「親の2世」として生きることは、恵まれているようでいて、自分自身を見てもらいにくい苦しさもあるのだと思いました。

親の名前で見られ、自分の存在を証明し続けなければならない。

そう考えると、承認欲求が強くなってしまうのも自然なことだと思います。それでもロッタは、ふてくされたり投げやりになったりせず、自分の力で生きているように見えました。同じ立場だったら、自分はあんなに強く生きられないかもしれません。だからこそ、少し尊敬しました。

また、マンドーとグローグーの関係を見ていると、一人で生きていくと思っていた人にも、環境や出会いによって、誰かと一緒に生きていく未来が訪れることがあるのだと感じました。

自分では想像していなかった未来でも、そこに守りたいものや、一緒にいたい存在が生まれることがある。
そのことに、少しほっとしました。

一方で、Xウィングに指揮官らしき女性が乗っている場面には、少し違和感もありました。

高官であれば、現場に出るよりも指揮に徹するのではないかと思ったからです。ただ、スター・ウォーズの世界では、立場が上の人物でも現場感を持って動くことが多いので、そこもこの世界らしさなのかもしれません。

そして今回は、マンダロリアンの世界にどっぷりつかったのは初めてで、主人公がジェダイではなく、賞金稼ぎのスターウォーズの世界も純粋に楽しめました。

もしジェダイの騎士なら、ロッタを助けていただろうか。
そう考えながら観るのも楽しかったです。

ジェダイであれば、個人を助けることよりも、秩序や大義を優先したかもしれません。特に評議会的なジェダイなら、ロッタを助ける判断は簡単にはしなかったのではないかと思います。

だからこそ、マンドーが動く物語には、ジェダイとは違う温度の倫理があるように感じました。

任務、報酬、情、保護。
そういったものが混ざり合っているからこそ、マンドーの選択には人間味があります。

まあクワイガンとかなら助けそうだけど。

『マンダロリアン&グローグー』は、グローグーのかわいさやアクションのかっこよさだけでなく、「誰かを守ることで人は変わるのか」「背負わされた立場の中でどう生きるのか」というテーマも感じられる作品でした。

映画映えする迫力もありつつ、関係性の変化を楽しめる作品だったと思います。

ドラマシリーズをほぼ未履修でも楽しめましたが、観終わった今は、マンドーとグローグーのこれまでの旅をちゃんと追いたくなりました。

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